—— 人は待てなくなる。だから、積み上げるしかない
朝井リョウの『スター』を読んでいて、
こんな一文が妙に引っかかった。
人は待てなくなる。
読み返したとき、
これは「我慢ができない時代だ」という話ではない気がした。
もう少し、深いところを刺している。
結果が待てなくて、自分を待てなくなる
作中には、こんな言葉も出てくる。
結果が待てなくて、自分を待てなくなる。
ほかのところで認められようとしてくる。
ここで言われている「待てない」は、
単に焦っている、せっかち、という話じゃない。
結果がすぐに見える世界では、
- まだ形になっていない自分
- 途中段階の自分
- 変化の最中にいる自分
を、そのまま抱えていられなくなる。
結果が出ていない=価値がない。
そんな短絡が、自然に起きてしまう。
だから人は、
本当は時間がかかると分かっている場所から、
一度、離れてしまう。
ほかのところで認められに行く、ということ
「ほかのところで認められようとする」と聞くと、
逃げとか、ブレとか、妥協に見えるかもしれない。
でも実際は、もっと切実だ。
承認は、酸素みたいなものだから。
完全に断つと、人は続けられない。
- 反応が早い場所
- 数字が出る場所
- 褒められやすい場所
そこに一時的に行くのは、
弱さというより、呼吸に近い。
問題は「行くこと」じゃない。
そこに留まり続けてしまうこと。
簡単に届くようになった世界で
『スター』には、こんな一文もある。
簡単に届くようになるからこそ、
作り手は考え尽くすくらいがちょうどいい。
今は、
- ワンタップで言葉が届く
- 文脈を失ったまま切り取られる
- 誰に届くかも制御できない
そんな世界だ。
だから「軽く出す」ほど、
言葉は簡単に壊れる。
考え尽くすことは、
臆病さじゃない。
耐久性の設計だ。
それでも、人は待てなくなる
じゃあ、どうするのか。
作中では、
かなりはっきりした答えが置かれている。
たくさん、積み上げなさい。
これは、
成功のためのアドバイスじゃない。
積み上げが救うのは、未来じゃない
積み上げは、
- いつか報われるため
- 才能を証明するため
のものではない。
一番の役割は、
結果が出ていない今日の自分を、
見捨てずにいられること。
今日はこれを書いた。
今日はこれを考えた。
今日はここまで積んだ。
それだけで、
「何もしていない自分」からは逃れられる。
「たくさん」という言葉の意味
量を誇れ、という話ではない。
「たくさん」とは、
疑いが出てきたときに、
手触りで否定できるだけの量。
不安になったとき、
- 数字じゃなく
- 評価じゃなく
- 他人の言葉でもなく
自分が積んだものを見て、
「ゼロじゃない」と言える状態。
それが、人を本線に留める。
積み上げは、自分専用の承認装置
承認が簡単に手に入る世界では、
外の評価に行かないための代替が必要になる。
積み上げは、
- 誰も見ていない
- 誰も褒めない
- でも確実に増えている
という、
自分だけが知っている肯定になる。
だからこそ、
たくさん積む必要がある。
まとめ(自分用メモ)
- 人は、結果を急ぐほど自分を待てなくなる
- それは個人の弱さではなく、環境の構造
- 届きやすい世界ほど、考え尽くす必要がある
- 積み上げは成功のためじゃない
- 今日の自分を否定しないための装置
待てなくなる時代だからこそ、
「待てる構造」を自分の中に作る。
その一番シンプルな方法が、
淡々と積み上げることなんだと思う。
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