本当にこれで正解なのかな、と思うとき

—— 本当にこれで正解なのかな、と思うとき

最近、よく思う。

「これで当たってるんかな?」って。

仕事でもそうだし、FXでも同じ。
方向性ややり方を決めたはずなのに、
少し結果が揺れると、
すぐに別の選択肢が頭に浮かぶ。

仕事なら、

  • この進め方で合ってる?
  • 遠回りしてない?
  • もっと効率いいやり方があるんじゃない?

FXなら、

  • ちょっと損切りが続いた
  • トータルではプラスになる設計のはず
  • でも、信じきれなくなってくる

そして気づくと、
ルールや方法を変えたくなっている。


目次

信じられなくなった、というより

よく考えると、
「手法を疑っている」というより、
その判断をした自分を疑っている感じがする。

決めた瞬間は、たしかに納得していた。

  • 条件も整理した
  • リスクも想定した
  • 感情じゃなく、設計で決めた

それなのに、
結果が少しズレると、
その判断ごと信用できなくなる。

冷静に見れば、
おかしい話だ。


積み上げが足りないのか、という問い

「積み上げが足りないんかな?」

そう思ったけど、
たぶん違う。

足りないのは、
結果の積み上げじゃなくて、
判断の積み上げ

勝った、負けた。
プラス、マイナス。

それだけを見ていると、
判断の正しさはどこにも残らない。

本当は、

  • その判断はルール通りだったか
  • 想定内の負けだったか
  • 変えなかった場合の期待値はどうだったか

そういうものを、
あとから確認できる形で
積み上げておく必要がある。


FXで一番揺れる瞬間

トータルで勝つ設計をしているのに、
数回の損切りで不安になる。

今思えば、
これは当たり前だ。

マラソンを走ると決めて、
1km地点で息が上がって、

「この走り方、間違ってない?」

って言ってるようなもの。

設計が正しいかどうかは、
途中では分からない。

分からないのに、
感情だけは先に動く。


「信じる」をやめた方が楽だった

あるとき気づいた。

信じようとするから、
しんどくなる。

だから、
信じるのをやめた。

代わりに見るのは、これだけ。

  • 事前に決めた条件に合っていたか
  • 想定したリスクの範囲内か

YESか、NOか。

YESが揃っていたら、
結果は見ない。

それ以上の意味づけは、
しない。


ルール変更は、あとで考える

変えたくなる気持ちは、必ず出る。

だから、
先に制限をかける。

  • このやり方は、○回やるまで変えない
  • 途中で違和感が出たら、メモだけ残す
  • 実行はしない

これだけで、

「不安だから変える」

「データが揃うまで保留」

に変わる。


積み上げるべきもの

勝ちトレードは、
正直どうでもいい。

積み上げるのは、

  • ルール通りに負けた回数
  • 想定内で耐えた回数
  • 感情が出たけど、動かなかった回数

これが増えてくると、
ある瞬間から変わる。

「また負けた」じゃなくて、
「はいはい、想定内」。

信じるかどうかを、
考えなくなる。


仕事も、同じ構造だった

仕事で方向性を変えたくなるときも、
結局は同じ。

本当に間違っているのか。
それとも、
成果が出る前に不安が来ただけか。

見るべきなのは、

最初に決めた評価軸が、まだ有効か。

ここが崩れていなければ、
変える理由は感情しかない。


今の迷いについて

たぶん今の迷いは、
ズレてるサインじゃない。

ちゃんと考えて、
ちゃんと設計している人が、
次の段階に行く前に通る場所。

適当にやっている人は、
そもそも
「これで正解なのか」なんて悩まない。

だからこの迷いは、
止まっている感覚じゃなくて、

安定に入る前の揺れなんだと思っている。

今日は、
そういう記録。

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