—— 判断を、委託してないかと思ったとき
最近、よく思う。
「迷ったらAIに聞く」
この行動が、
かなり自然になってきたな、って。
音声入力で思ったことを喋れば、
AIが整理して、
それっぽい結論を出してくれる。
便利だし、速い。
正直、助かる場面も多い。
でも、
ふとした瞬間に、
こんな引っかかりが出てきた。
判断を、委託する癖がついてないか。
迷いを外に出すのが、当たり前になる
最初は、ただの補助だった。
- 自分で考える
- 詰まったところをAIに聞く
- 視点を足してもらう
ここまでは、健全。
でも回数を重ねると、
順番が、少しずつ変わる。
- 迷う
- すぐAIに聞く
- 出てきた答えで納得する
この流れが続くと、
「迷う=外に投げるもの」
になる。
考えなくなった、というより、
考えた“気”になっている状態。
解釈と判断だけが、静かに外に出る
AIは、間違ったことは言わない。
むしろ、
無難で、正しい。
だから安心できるし、
反論もしづらい。
でも、
その正しさが、
じわじわ効いてくる。
本来は、
- 何が起きたか
- どう感じたか
- どう解釈するか
- どう判断するか
この一連を、
自分で引き受けていたはず。
気づくと、
その中の
「解釈」と「判断」だけが、
少しずつ外に出ている。
悩む時間が、削られていく
悩む時間って、
正直しんどい。
答えは出ないし、
気持ちも揺れる。
だから、
AIに聞けば楽になる。
でも、
その「しんどさ」の中にこそ、
- 何を大事にしているか
- 何が怖いのか
- どこで踏みとどまりたいのか
そういう判断軸の材料がある。
AIは、
答えはくれる。
でも、
その軸までは、
育ててくれない。
問題は、使うことじゃない
誤解しないでほしいけど、
AIを使うこと自体が、
悪いわけじゃない。
音声入力 × AI の壁打ちは、
これからもっと主流になると思う。
問題は、
順番。
- 先に悩む
- 一度、自分なりの仮結論を持つ
- その上でAIに聞く
この順番を崩すと、
判断は、
簡単に外注化する。
私が意識している一線
私自身は、
AIをこう使うようにしている。
- 思考を出す → 自分
- 整理する → AI
- 判断する → 自分
AIに整えてもらった文章は、
あくまで参考。
最終的に、
どう意味づけるかは、
自分で決める。
まとめとしての記録
AIは、便利で、正しい。
だからこそ、
頼りすぎると、
危うい。
判断を委託する癖は、
静かに、
つく。
悩む時間は、
判断力を育てる時間。
迷ったらAIに聞いてもいい。
でも、
悩む権利だけは、手放さない。
今日は、
その線を引くための、
判断ログ。
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