—— 残業が給料に直結する世界で、設計を選ぶとき
正直に言うと、
少しモヤっとしていた。
しなくてもいいように見える残業をする人。
早く出勤してまでやる必要があるのかと思う作業。
どこかで、
「それ、本当に必要?」
「残業代を取りに行ってるだけじゃない?」
そんな目で見てしまう自分がいる。
そして同時に、
こうも思う。
自分、嫌な人間だな。
でも、
しばらく考えて、
分かった。
問題は、
他人じゃなかった。
給料が欲しい。それは正しい。
一番ほしいのは何か。
きれいごとを抜きにすれば、
給料だ。
残業は、
ほぼ確実に、
給料に反映される。
時間 × 単価 = 金額。
今月の給与明細に、
そのまま載る。
これは、
圧倒的に分かりやすい。
一方で、
短時間で成果を出す。
仕組みを作る。
設計する。
それは、
評価される「かもしれない」。
でも、
今月は増えない。
ここに、
ズレがある。
残業は“見える成果”、設計は“見えない成果”
残業は可視化される。
- 時間を使った
- 給料が増えた
- 数字で確認できる
努力と報酬の因果が、
明確だ。
でも設計はどうか。
- トラブルが起きなかった
- 仕事が早く終わった
- 誰も困らなかった
……それだけ。
「やった感」が、
残らない。
積み上がっているはずなのに、
自分で積み上げを実感できない。
たぶん、
ここがブレる原因だった。
人は“正しい行動”より“手応えのある行動”を選ぶ
これは、
もう人間の性質だと思う。
「今月+2万円」
この手応えは、
強い。
一方で、
「問題が起きなかった」
「効率が上がった」
は、
脳があまり喜ばない。
だから、
設計を選びながらも、
残業で増えていく給料が気になる。
ズルいとか、
セコいとかじゃない。
ただ、
手応えが欲しいだけ。
ブレの正体は“積み上げ実感の欠如”
考えてみれば、
自分の成果を、
きちんと記録していなかった。
- どれだけ時間を削減したのか
- どれだけトラブルを防いだのか
- どれだけ仕組みを回したのか
何も、
可視化していない。
だから、
「設計は本当に意味があるのか?」
と、
揺れる。
積み上げていないのではなく、
積み上げを見える形にしていないだけだった。
役割を分ければいい
整理すると、
こうなる。
残業は、
給料装置。
設計は、
将来の選択肢装置。
どちらかを、
否定する必要はない。
今月を守る行動と、
消耗しない未来を作る行動。
役割が違うだけ。
たぶん、欲しかったのはお金だけじゃない
給料も欲しい。
でもそれ以上に、
「自分は積み上げている」
という実感が、
欲しかったのかもしれない。
それがあれば、
他人の残業は、
そこまで気にならない。
なぜなら、
自分のゲームをしている感覚があるから。
最後に
残業を選ぶのは、
悪くない。
設計を選ぶのも、
間違いじゃない。
ただ、
設計を選ぶなら、
積み上げを見える化しないと、
心はブレる。
今日は、
その整理のための、
思考ログ。
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